現在の日本には、アラスカやアマゾンのように”人の手が入ったことのない自然”はほとんど存在しない。日本の山林の大部分は江戸時代から昭和にかけて伐採や皆伐を経験しており、本当の意味での原生林は日本ではまず見られないのが現状である。 でも、日本には里山がある。人々が自然に適度に手を入れることで人間と自然環境との適切な距離感や保護・利用のバランスが保たれてきたし、里山には里山ならではの生態系が構築され、生物の多様性を高めていた。
しかし、戦後の人口増加やエネルギー源と木材流通の変化、化学肥料の登場などにより、このバランスは崩れてしまった。その結果、人間に適度に管理されることを前提として存在していた日本の里山環境は衰退している。里山の衰退は生物多様性の損失を招き、災害の増加や水不足、気候変動などさまざまな形で私たちの生活にも影響する。
現状では、便利な生活に慣れてしまった日本人の生活を全て近代以前に戻すことは不可能である。しかし、丹波篠山の里山アカデミーで出会った人たちは、現代にマッチした形でこの”里山を通じて自然とつながる暮らし”を実践していた。
例えば、現状で広く行われている農業を化学肥料やマルチに頼らない有機農業に転換すれば、環境への負荷は小さくなる。しかし、草刈りなどの作業が必要になるため人件費が増加するほか、虫や病気によるリスクに晒されることで収量が安定しないリスクを考えれば、有機農業を現在の日本でビジネスとして成り立たせることは簡単ではない。
そのような課題に対して、吉良農園さんでは、レストランと直接契約しJAを介さず野菜を出荷することや、野菜をブランディングして付加価値をつけることで立ち向かっている。現状の資本主義社会の中でこのような自然と共生した農業をビジネスとして展開するには、このような工夫が必要なのだ。
森林に目を向けてみれば、日本には伐採適齢期をすでに過ぎ、放置されてしまっている針葉樹林が多いのが課題である。そこには、国産材の需要の低下や林業の衰退などが背景に存在する。事実、現在の日本の若者からは林業はどうしても通い存在であると言わざるを得ない。
古民家複合施設moccaさんでは、日常生活において林業や木材をより身近に感じる体験を提供している。製材体験などをはじめとする”木と触れ合う”経験を提供することで、日常生活に木を加えて林業をより身近に感じさせる場を提供している。
篠山に来て、「ヤマ、ノラ、ムラ」という言葉を聞いた。いわゆる「森林、里山、集落」といった意味である。当然ながら、里山の景観を守っていくためには近くの集落に人が住んでいなければならない。しかし、過疎化により地方の集落は人口が減少し、周囲の里山の自然とともに消えていっているのが日本の課題である。篠山の丸山集落では、古民家を改修し集落全体をブランディングすることで活性化に成功している。地元住民とNIPPONIAの協働により空き家はゼロになり、今では集落に小学生もいる。”ムラ”に賑わいが戻ったことで、周囲の”ノラ”の再生も進む。
近年になってから社会構造が大きく変化した日本において、かつての里山をありのままの形で完全に再生するのは難しい。今回の里山アカデミーで出会った人たちの取り組みも、万人に真似できるものではないと思う。しかし、これからの日本における新たな”里山”の一つのカタチとして、人々にインスパイアを与えることができるものだと感じた。